作物とヒトとのインターフェース
農業センシングの世界
その1…測るもの:植物のエサの量
道具:CO2 ガス・センサ

  ICTを使って作物の生産性を向上させる,スマート農業という言葉が最近注目されています.注目されている理由の1つに,センサの低価格化があります.MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)技術などの発展に伴い,高精度な超小型センサが驚くほどの低価格で販売されるようになりました.作物生産の分野でも,センサを活用する機運が高まっています.
  そこで本連載では,農業工学の研究者の筆者が,今進行している農業(作物生産)のためのセンシングの背景や課題を紹介していきます.センサを武器に,これから重要性が増すばかりの作物生産のワンダーランドへ,ぜひ皆さんも足を踏み入れてもらえればと思います.

 

背景

●植物の1 番のエサは…CO2

  「植物のエサは何?」と尋ねますと,多くの方は「肥料」や「水」と答えると思います.完全な間違いではありませんが,正解は,「二酸化炭素(CO2)」です.
光合成の原料は,光,水,CO2ですが,最も不足しがちなのがCO2です.エサやりをしない畜産は考えられませんが,1万年の歴史といわれる農耕(作物生産)は,つい最近まで,そのエサのことなど全く考えずに生産を行ってきました.無臭無色のガスであるCO2の空気中濃度をヒトが感じることは難しいためです.

●植物にCO2が不足しがちな理由

  CO2は,地球の大気にわずか0.04%(400ppm)しか含まれていません.50年前くらいは300ppmでした.植物は,約4億7千万年前(オルドビス紀)に,陸上に進出を始めましたが,このときから空気中のCO2ガスをエサにしなくてはならなくなりました.この頃の大気のCO2は,およそ3000 ~ 4000ppmだったようです.地球温暖化を抑えるためCO2ガスの削減が叫ばれていますが,多くの植物にとっては,今のCO2の濃度は薄すぎるのです.

 

最近の温室栽培… CO2 を積極的にドーピングしている

  特に作物が繁茂している締め切った温室内の日中のCO2濃度は,100ppm程度まで低下することがあります.「エサをクレー」と叫んでいる植物の声は,CO2濃度をセンシングしないと聞こえません.
そこで,温室作物生産ではCO2を積極的に高める「CO2施用(せよう)」が行われています.光,水,肥料を十分与え,CO2濃度を750 ~ 1500ppm程度に高めると,作物の生育速度はおよそ2~3割速くなります.
主なCO2源は,LPG(液化石油ガス)や灯油などの化石燃料の燃焼,液化炭酸ガスです(写真1).CO2施用制御は,CO2ガス濃度によるフィードバック制御が原則です.

 

写真1 温室栽培では灯油などを燃やしてCO2 濃度を積極的に上げる「CO2施用(せよう)」が行われる
温室に設置されている灯油燃焼式CO2 施用装置の例.このような装置を使って温室作物生産者はCO2ガスの濃度を高める

 

CO2 のセンシング方法

●最近増えているCO2センサS-300G の基本的な使い方

  CO2 ガス・センサは,CO2 ガスの吸収波長である4.3μmの赤外線の透過強度により濃度を求める,非分散赤外線(NDIR)式が主流です.昔は,最低機能の製品でも,小型のデスクトップPCくらいの大きさで,1台15 ~ 20万円はしました.農家がとても使える価格ではないので,濃度測定をせず,タイマなどを使って決めうちで温室にCO2を吹き込んでいました.これではなかなかうまくいきません.
  10年程前から,写真2のような小型のCO2ガス・センサが出回るようになりました.低コスト小型センサの出現で,温室作物生産の現場で精度の高いCO2 施用ができるようになり,普及が進んでいます.

写真2 よく使われる小型CO2 ガス・センサ
左が初期から使用されているK30(センスエア),右が最近使用することが増えているS-300G(ELT SENSOR社)

 

  また,小型なので,作物の茂みの中などのCO2濃度をきめ細かく測定するハンディ・タイプの測定器も市販されています.CO2濃度の管理がスマート農業実現の具体的手法の1つになっています(写真3).Arduinoに接続すれば,タバコ箱サイズのCO2ガス濃度測定器を簡単に自作可能です(写真4).

 

写真3 実際にこういうところに小型CO2 ガス・センサ(この例ではK30)が組み込まれる
スマート農業用の環境モニタ・システムの例(誠和・プロファインダー)

 

写真4 試作してみたタバコ箱サイズCO2ガス濃度測定器
オープンソース・ハードウェアArduino Ethernet に小型CO2 ガス・センサ(K30)を取り付けた.液晶表示器の現在値を表示するだけでなく,SDカードに毎分の計測値を書き出せる

 

  温室作物生産に使用するためのCO2ガス・センサの選択基準を表1に,1万円程度で購入できる低コスト・センサとして最近使用の増えているCO2 ガス・センサS-300G の仕様を表2 に,S-300Gを使うときの回路例を図1に示しました.
 

表1 温室の作物生産用CO2 ガス・センサに求められる仕様

 

表2 最近よく使われる小型CO2ガス・センサS-300Gの主な仕様
ELT SENSOR社のデータシートより抜粋

 

図1 CO2 ガス・センサを使うときの回路構成
アナログ電圧出力を使用する場合

 

●課題&対策

その1:汚れると値が高めに出る
  しかし,課題が残されています.まず,検出部の結露や汚損に弱いことです.作物生産現場は,多湿になったり,ちりや埃ほこりが多かったりするので,CO2 ガス・センサには劣悪な環境です.CO2ガス・センサを使用していると,センサに汚れが発生し,徐々に測定値が高めに出るようになります.最近では,汚れなどによるずれを補正できる4.3/3.8μmデュアルセンサの低コスト製品も出てきており,補正なしに長期間安定して測定できるようになりそうです.

その2:消費電流が大きい
  波長4μm程度の赤外線光源がセンサに必要なため,白熱電球が使用されていることも改善の余地ありです.このため,センサの消費電流はピークで100mA以上になり,ポータブル機器の開発を難しくしています.また,電球の寿命により,センサ全体の寿命が短くなってしまっています.LEDなどの長寿命・低消費電力の光源を利用したセンサの開発が期待されています.
  エサの管理ができる作物生産を可能にしたCO2ガス・センサの普及は,これからも進んでいくと思います.

 


 

星 岳彦

星研究室・植物生産工学
植物生産の新たな情報化標準UECS研究会