作物とヒトとのインターフェース 農業センシングの世界 その7…
測るもの:飽差(ほうさ:湿度)
道具:温湿度センサ
星 岳彦

 

植物生育を考えるのに重要な湿度「飽差」

 
  写真1のハウスでは,十分な太陽の光が入射し,気温も23℃くらい,根に水も十分に与えられています.イチゴがすくすくと育っているように見えますが,環境をセンシングしてみると,あまり光合成していないようです.
  ハウス栽培の達人は,「ハウスに入ったとき,メガネが曇るようでないとダメ」と,言います.湿度の指標の1つである,飽差をセンシングすると,植物をもっと早く育てる方法が見えてきます.
 

写真1 一見イチゴがどんどん光合成しているように見えるハウスですが…

 

●水は「植物の血液」

  小学校低学年の夏休み,アサガオの鉢植えを育てた経験があるでしょう.朝,水をやること灌水(かんすい)が日課だったと思います.毎朝,植木鉢に与えた水はどこに行ってしまうのでしょうか?
  実は植物は,根から吸収した水のほとんど全量を,葉の裏にある気孔から水蒸気にして空気中に放出(蒸散)してしまいます.あなたが一生懸命に灌水した水を植物は捨ててしまうのです(そう考えると空しいが).そのわけは,植物には心臓がないからです.
  動物には心臓があり,血液で全身に栄養分を運びます.
  植物は,心臓の代わりに蒸散作用を,血液の代わりに水を使い,根から吸収した水溶性の栄養分を体内に行き渡らせているのです.砂漠や海辺など,水の乏しい場所に生える多肉植物は,水を節約するため蒸散速度がとてもゆっくりです.こういう植物は生育もとてもゆっくりです.
  一方,旺盛に生育し,生産性も高くなるように品種改良された農作物などの植物は,蒸散速度がとても大きいのです.こういう植物を育てるのには,雨水だけでは足りず,灌漑(灌水)が必要になります.
 

●植物の「気孔」とヒトの「鼻孔」を比べながら考える

  蒸散の主役である気孔とヒトの鼻孔を比較してみます.
 
(1)気孔はCO2(空気)を取り入れ酸素と水蒸気を出すが,鼻孔は酸素(空気)を取り入れCO2と水蒸気を出す.
(2)気孔では息をしないので気体がじわじわとにじみ出るように交換され,鼻孔では呼吸の圧力で気体が強制的に交換される.
(3)気孔は開閉できるが,鼻孔は開閉できない.
 
  これは,植物では内外の水蒸気の濃度差(飽差)に比例して,受動的に蒸散のしやすさが決まるということを示しています.
 

●蒸散コントロールの難しさ

  しかし,外の湿度を下げてあまり乾燥させると,蒸散が大きくなりすぎ,水分が失われてしおれてしまいます.
  それを防ぐため,植物は気孔を閉じます.こうなると,CO2も気孔から入って来られなくなりますので,光合成もスピードダウンしてしまいます.
  逆に,外の湿度を上げすぎると蒸散しにくくなるだけでなく,植物体内に水がたまって圧力が高まります.気孔は細胞の圧力が高まると閉まり気味になるため,やはり,CO2 も葉の中に入りにくくなります.
 

●洗濯指数みたいな値「飽差」による蒸散コントロール

  図1は,CO2濃度・光・温度などの環境要素が適当なときの飽差と光合成速度の関係を模式的に表したものです.飽差を程よい範囲に制御すると光合成速度が大きくなり,その結果,植物が早く育ちます.
 

図1 飽差を程よい範囲に制御すると光合成速度を上げられる

 
  飽差は,空気中にあとどれだけ水が蒸発できるかの余地を表しています.植物生産では,今の気温の飽和絶対湿度から今の空気の絶対湿度を引いた値を飽差として使っています.
  絶対湿度には,乾燥空気1kgあたりで示す重量絶対湿度と,1m3あたりで示す容量絶対湿度があります.ここでは,気温や気圧の影響を受けにくい重量絶対湿度を使って話を進めます.
  重量絶対湿度は,乾燥空気1kgに水蒸気が何kg含まれるかを示します.単位は,kg kg’-1になりますが,小数になってしまうので,1000倍してg kg’-1で示します.それでは,飽差をセンシングしてみましょう.
 

飽差をセンシングする

 
  湿度センサSHT31-DIS(連載第5 回,2019年2 月号)とArduinoを使ったテスト用試作装置を使って,飽差をセンシングしてみます.飽差は,気温と相対湿度から計算で求めることができます.Goff-Gratchの式を使った計算プログラムをリスト1(p.18)に示します.動作時の液晶画面の表示例を写真2に示します.この空気の絶対湿度が16.85 g kg’-1,飽差が3.69 g kg’-1です.もし,容量絶対湿度(gm-3)に換算したければ,次の式で,求めることができます.
 
容量絶対湿度≒重量絶対湿度÷(0.777+0.00285×気温[℃])
 
  写真2の測定時の空気の飽差を評価してみましょう.図1から,光合成速度がある程度の値を示す飽差は,3 ~ 7 g kg’-1の範囲ですので,適正範囲に入っています.一方,写真1のハウスの飽差は,10.8 g kg’-1でした.養液栽培で地面も被覆していて,植物体の葉面積も小さいため,蒸散と蒸発が少なく飽差が大きくなってしまいました.この場合,水を噴霧(ミスト)するとか,床面に散水するとかして飽差を下げる(湿度を上げる)環境制御ができれば,光合成速度を最大1.5倍くらいにできる可能性があるわけです.現在,スマート農業で栽培環境の改善として話題になっているのが,この飽差と,その1(2018年10月号)の話題で取り上げたCO2施用です.
 

写真2 リスト1のプログラムで飽差を測定

 

 


 

星 岳彦

星研究室・植物生産工学
植物生産の新たな情報化標準UECS研究会