Interface編集部
スポーツ・センシング for2020 第27回
泳ぎながら声が聞こえる 無線骨伝導スピーカ・ゴーグル
今回は泳いでいる最中もコーチの指示を聞くことのできる,「無線骨伝導スピーカ・ゴーグル」を紹介します.
筆者らはパラリンピック・スポーツの中でも花形種目であるパラ水泳に関わってきました.これまで筆者らが開発した,視覚に障害を持つ選手の練習をサポートする装置を紹介してきましたが,その第3弾です.
● 水泳ゴーグルから音が聴こえるしくみ
この装置は,プールの壁が見えない選手にゴール・タッチやターンのタイミングを知らせることができます.それだけでなく,選手の泳ぎを見ながらリアルタイムでコーチが指示を出すこともできるので,健常者の水泳でも役立つはずです.筆者が視覚障害水泳に関わり始めた2005年ごろから開発を始め,2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの選手に提供しました. 普通の水泳用ゴーグルのレンズ部(アイカップと呼ぶ)に圧電素子を埋め込み,それを振動させることでレンズ部を震わせ,脂肪組織の少ない眼窩に骨伝導で音声を伝える仕組みになっています.アイカップ部は3Dプリンタで作成しました.視覚障害水泳の試合では全盲の選手と,弱視や視野狭窄の選手が混じっていますので公平性を保つために,視野を黒く塗ったブラック・ゴーグルが用いられています.そのためゴーグルは周りが見えないものでも構いません.
装置の無線通信部と圧電素子を駆動するアンプ回路などはゴーグルのゴムバンド部に固定され,選手が装着したときに後頭部にくるようにしています.そのため,背泳ぎ以外では装置が水面から上に出ることになり安定した無線通信が可能となります(写真1).コーチはヘッドセットにつながる送信機を腰に装着して選手に語りかけます.
● なかなか難しい…作るときの技術的課題
無線骨伝導スピーカ・ゴーグルは技術的に幾つかの条件をクリアしなければなりませんでした.完全防水であることはもちろん,50mプールのどこにいても電波が届くことなどです.完全防水にするとバッテリの充電または電池交換が課題となりますが,非接触の充電方式Qiを使うことで対処しました.一部のスマートフォンでも使われている技術で,装置を専用の台の上に置くだけで充電されます(写真2).
無線通信は50mプールを泳ぐ選手がどこにいてもつながることが求められますので,2016年モデルではBluetooth Class1を用いて見通し100mほどの通信距離を確保しました.
肝心の圧電素子の配置は難問でした.音の聞こえ方の良しあしの判定は,どうしても人の感性に頼らざるを得ません.人が聞いている「であろう」聴覚の評価はかなり難しく,さまざまな場所に圧電素子を埋め込んだ上で実際に人が聞いてみて,最も聞こえが良いと判断した場所を選びました.
● ワイヤレス通信が途切れる問題
泳ぎながら指示を仰げるというのは,スイマーにとっては夢のような装置ですが,まだまだ課題があります.一番は,水没したら通信が途切れてしまう,という問題です.水中は電波の減衰が大きいため,無線を使う限り,どうしても避けては通れない気もします.しかし,筆者が過去にプールで実際に試したところ2.4GHzの無線であっても10cm程度の深さまでであれば通信できることも確認していますし,水中で無線通信を行うためにはアンテナの特性を変化させると改良がみられる,という報告もありますので(1),あきらめたわけではありません.2020年の東京パラリンピックに向けて開発は続きます.
□参考文献□
(1) Daniel A.James, et al., Mobile sensor communications in
aquatic environments for sporting applications.
https://doi.org/10.1016/j.proeng.2010.04.104
仰木 裕嗣(Interface2019年11月号 p.91より転載)