Interface編集部
スポーツ・センシング for2020 第32回
センシング結果を競技中にフィードバックする
● センシング結果は競技中にフィードバックしたい
スポーツ選の動きを計測するためにカメラや慣性センサなど,さまざまなセンシング・デバイスが利用されています.しかし計測されたデータから「もっとうまくなるには?」という選手の一番欲しい情報を「提示」するのは簡単なことではありません.「どのように体を動かせばよいのか?」という疑問に答えなければ,選手のパフォーマンスは上がらないと考えられるからです.
センシングがデバイスによるインプットだとすれば,アウトプットは選手へ「教える」ことに相当します.このとき,「提示」すると言っても画面に動きが表示されるだけではだめです.うまくなるために直接必要な情報ではないからです.
まして運動中にPCやスマホの画面を見ることはあり得ませんから,必然的に視覚情報は候補から脱落します.
● 一番リアルタイム・フィードバックに使えそうな「音」
筆者は,「音,圧力,電気刺激」の3つが,選手にリアルタイムで動きを教えたり,動きのずれを伝えたりできる方法だと考えています.中でも「音」,つまり聴覚によるフィードバックは,選手やトレーナにとって取り組みやすい方法であると言えます.アテネ・オリンピック金メダリストの室伏 広治 選手は共同研究者の太田氏とともに,かつてハンマ投げのトレーニングにおいて,聴覚を使ってフィードバックするデバイスの利用に挑戦しています(図1).
ハンマ投げは陸上競技のなかでも非常に難易度が高く,技の習得に時間がかかると言われています.そこでハンマのワイヤの途中に慣性センサを取り付けて,得られる加速度・角速度から選手がハンマにエネルギを注入できているかどうかを音で知らせる装置を開発しています.慣性センサから無線で送信されたデータはコントローラで受信した後,音に変換されスピーカから流れます.正負の符号もステレオ・スピーカによって表現します.エネルギがうまくハンマに伝わってハンマが加速すると音が出る,という仕組みです.
室伏選手によれば音によって自分本来の技ができているかどうかが分かるとのことです.
自分の調子のよいときの「音」,「メロディ」は記憶に強く刻み込まれると想像できます.こうした潜在的,感覚的な情報でスキルを提示することでトレーニングを支援することを,サイバネティック・トレーニングと呼びます.ヒトの動きを音に変換するユーザ・インターフェース技法は,ソニフィケーションとも呼ばれます.
スポーツの技術を習得するのに自分自身のオリジナル・メロディが用いられる未来がやってくると筆者は予想しています.
□参考・引用*文献□
(1) 太田 憲,室伏 広治;オリンピックに向けたハンマー投のサイバネティック・トレーニング,情報処理,55,(11),pp.1228-1234,2014年.
(2) ハンマー投げ・室伏広治氏が語る「スポーツとテクノロジの融合」,https://japan.cnet.com/article/35068284/
(3) 太田 憲,宮地 力;加速度計を用いたバイオフィードバック用センサシステムの開発,デサントスポーツ科学,Vol.29,pp.108-115,2008年.
仰木 裕嗣(Interface2020年4月号 p.14より転載)