スポーツ・センシング for2020 第35回
選手を支える睡眠センシングの研究

●「時差ぼけ」を解消するための装置

東京オリンピック/パラリンピックが延期となってしまいました.アスリートの落胆ぶりを思うと胸が痛みます.筆者も東京2020 の研究開発に関わる1人として「来年こそは」という思いです. さて,東京で開催されることは日本人選手にとっては大きなアドバンテージがあります.その1つには時差がないことが挙げられます.リオデジャネイロ・オリンピックでは,国立スポーツ科学センターによって,時差ぼけを光で解消する試みがありました.用いられたのは「高照度光照射」と睡眠を促す薬でした(1).高照度光照射装置は,表面での照度が50000ルクスにもおよびます.選手がこの装置から50cmほど離れて座ると.曇天の屋外ほどの光にさらされることになります.このとき照度は約5000ルクスになるそうです(図1).遠征4日前からこの高照度光を寝る前に1時間照射して,就寝時間を徐々に遅くしていきつつ,朝の起床を遅くしていくことで,後ろ倒しに時差ぼけを解消していくそうです.
● 圧力センサを使った睡眠センシング
眠れているかどうかの判定にはさまざまな方法があります.医療現場では,睡眠障害を検証するために,ポリソムノグラフィーという方法が用いられます.計測には,脳波計や鼻・口の気流センサ,胸郭・腹壁の動きをみるセンサ,心電計,パルス・オキシメータを装着する必要があります.とても大舞台を控えた選手に使えるようなものではありません.筆者らのグループは,パラリンピック選手団がしっかりと睡眠がとれているのかを定量的に把握するために,ベッドのシーツ下に敷くタイプのスリープ・センサを用いました.これはピエゾ型力センサが薄いシート状になったものです(3).体圧がこのシートに対して作用しますが,そのパターンから「深い眠り」,「浅い眠り」,「REM睡眠」,「覚醒状態」などを判定しま
す(図2).選手がしっかり睡眠をとって疲労が抜けているか,ということを把握するのもコーチの役割です.こうした定量化されたデータがあれば,誰が緊張して不眠になっているのかを把握できますし,選手にかける言葉も変わってきます.まさに睡眠科学が選手を支えていると思います.

 

□参考文献□
(1)星川ほか;高照度光とメラトニンアゴニストを用いたアスリートの時差調整 時差12時間のブラジル・リオデジャネイロへの遠征の事例.日本臨床スポーツ医学会誌, 01 October2017,Vol.25(4),p.S186.
(2)ブライトライトME,ソーラートーン(株).https://www.brightlight.jp/
(3)スリープセンサ,(株)ワイヤレスコミュニケーション研究所.
http://www.j-wcl.com/P04_seihin%20syoukai/p04_sab-atuden.html

 

仰木 裕嗣(Interface2020年7月号 p.151より転載)