作物とヒトとのインターフェース 農業センシングの世界 その6… 測るもの:湿度(露点温度) 道具:温度&湿度センサ
星 岳彦

「濡れ」センシングによって病気を防ぐ

 
  湿度が変化すると,植物からの水蒸気の放出「蒸散」と,植物体の濡れ「凝結」に影響を及ぼします.蒸散は植物の生育速度に,凝結は病害の発生に関連があります.今回は,植物の濡れ「凝結」に関して湿度と温度の計測値をどのように見ていくかを紹介します.
 

●植物の病害発生メカニズム

  植物の病害の原因にはさまざまなものがあります.とりわけ,微生物によるものが多いです.例えば,植物に病害を引き起こすカビの微細な胞子は,空中に漂い,葉の表面などに落下します.その葉が濡れることで適当な水分を持ち,温度がカビの成育に適当な範囲内だと胞子が発芽し発芽管を伸ばします(図1).
 

図1 カビ胞子の植物体への侵入過程
適当な温度と濡れが必要

 
  湿った状態が一定時間続くと,発芽管の先端に付着器を形成し,植物体に侵入を開始します.胞子の発芽から付着器形成までの時間は,温度やカビの種類によって違いがあり,おおむね6 ~ 12 時間程度です.
この前に乾燥してしまえば発芽管が枯れ,逆に強い降水などがあれば発芽した胞子が流れてしまって,植物体に侵入できず,病害は発生しません.つまり病害発生には,結露などで一定時間以上湿った状態が継続する必要があります.

 

●湿度を露点温度に換算して「濡れ」を検出する

  植物を生産している厳冬期の温室の気温と相対湿度を計測した典型例を図2(a)に示します.温度と湿度センサを使ったスマート農業の環境モニタ・システムでは,大抵,このような表示です.夕刻16時ごろ,湿度が100%に達しており,温室内に霧もやが発生した可能性がありますが,それ以外はよく分かりませんので,計測したデータをうまく処理する必要があります.
日常生活で使われる湿度(相対湿度)のほかに,湿度に関連する指標として,絶対湿度,露点温度,湿球温度,飽差,比容積,比較湿度,水蒸気分圧,エンタルピといったものがあります.
  ここでは相対湿度を,結露が発生する温度である露点温度に換算します(連載その4,2019年1月号で紹介).それに加えて,気温,葉温,果実温(植物体の葉と果実表面に温度センサを取り付けて計測)の時間変化を図2(b)に示します.露点温度が気温と葉・果実の温度を上回ったとき,空気に含まれていた水蒸気の一部が液体の水として凝結します.
 

 

 

図2 露点温度が分かると「濡れ」が検出できて病気を防ぎやすくなる
植物を生産している厳冬期の温室の夕方から翌日朝方までの気温や相対湿度などの経時変化

 
  実際,空気の場合には,凝結するチリなどの足場がないと過冷却になることもよくあります.しかし,何かのきっかけで一瞬にして凝結が始まります.このため,温室内の霧もやは一瞬にして立ちこめるように感じます.
 

●夕方の霧と朝方の濡れに注意

   図2(b)では朝夕の時間帯で,露点温度が葉温や気温を上回っています.このとき,葉への結露による濡れや霧が発生した可能性があります.これを避けるためには,少し暖房したり,換気窓を少し開けて水蒸気を逃がしたりして,除湿制御を行います.
湿度の計測は,温室の気温計測と同所で行っています.温室内の空気の流れが少ないと蒸散の影響で,葉の周囲の実際の湿度は,気温計測点の湿度よりかなり高くなっています.実際に葉が濡れる危険性は,この計測値よりもかなり大きいことが多いです.
 

●葉よりも果実が危ない

  また,水が主体の果実は,葉よりも体積が大きくて表面積が小さいため,気温・葉温変化に対して,果実温の変化はかなり遅れます.朝方,太陽光が温室内に入射し,植物が蒸散を始めて高湿度になり,露点温度が急上昇します.このときに,果実温の上昇が遅れ,果実表面に濡れが発生します.図2(b)の日の出後に果実温が一番低くなっている時間帯です.これを防ぐためには,温室内に循環扇を設置して果実表面付近の風速を上げて熱交換速度を高めて果実温の上昇を図ったり,朝方の気温上昇速度を抑える制御をしたりします.
 

●「濡れ」解析して殺菌剤散布などの対策をとる

  天候の影響なども加わり,温室内の植物が濡れた状態が一定時間以上続くと,前述したように病害微生物に感染する可能性が高くなります.感染すると一定時間経過後に病害が発生しますので,温湿度計測の記録を解析し,その微生物が感染する好適な気温条件内で,一定時間以上の濡れがあった場合には,殺菌剤の散布などの防除対策を考える必要があります.
 

高精度な湿度計の世界

 

●高精度湿度計測が可能な鏡面冷却式露点計

  農業分野で現在広く使われている湿度センサは,空気中の湿度と平衡して水分子を含んだ高分子膜の静電容量を計測するものです.高精度型でも相対湿度で±1%程度の誤差が発生します.もっと精密に湿度を計測するために,鏡面冷却式露点計という湿度計があります.
  鏡面冷却式露点計の仕組みを図3に示します.ペルチェ素子で自由に温度を制御でき,白金抵抗体温度センサで精密な温度を計測できる鏡に,光源からビームを照射します.光は鏡で反射し,光センサに入射します.ここで,計測する湿り空気を流しながら,ペルチェ素子で鏡面の温度を下げていくと凝結が発生し,鏡面が曇って光が乱反射され,光センサの計測値が低下します.このときの鏡面の温度が,その空気の露点温度になるので,それを使って湿度を求めます.
 

図3 露点が精度よく測れる鏡面冷却式露点計の計測原理
 

●安価な高精度露点計が開発されればいいのに

  この方法で計測すると,高分子静電容量型の湿度センサより10倍以上の高精度で計測できます.ただし,価格は100万円以上するので,農業現場で使用するのは難しいです.写真1は,筆者の実験室にある,JIS B7920準拠の分流式湿度計試験装置です.これで湿度センサの性能試験を行っています.左の装置の上に乗っている小さな装置が基準値計測用の鏡面冷却式露点計です.
  MEMSなどの半導体技術の進歩で,1チップの小型低コスト鏡面冷却式露点計が今後開発され,より高精度な湿度計測が行いやすくなることを期待します.
 

写真1 露点を精度よく測れると病害を防ぎやすくなる…高精度
湿度センサの性能を確かめるための試験装置
鏡面冷却式露点計を使った分流式湿度計試験装置


星 岳彦

星研究室・植物生産工学
植物生産の新たな情報化標準UECS研究会