スポーツ・センシング for2020 第26回
泳いでいる選手だけに知らせる 高指向性スピーカ搭載の音声クロック

● 水泳選手に役立つ音声ペース案内
前回は,筆者らがリオデジャネイロ・パラリンピック用に開発した「接近検知装置」を紹介しましたが今回も「音」で支援する装置を紹介します.
水泳の練習ではプール・サイドに置かれた「ペース・クロック」と呼ばれる60秒計を使ってインターバル・トレーニングを行います.50m×10本(on 60秒)という練習メニューは,60秒おきにスタートして50m泳ぐことを10 本繰り返す,というものです.
選手はペース・クロックの秒針を見ながら「自分で」スタートします.ところが,視覚障がい水泳選手にはペース・クロックが見えないので,コーチが出発の合図を出さなければなりません.前回で述べたように泳いでいる選手がプールの壁にぶつからないようにタッピング(専用の棒で泳いでいる選手に触れて合図する)をしなければなりませんし,タイムも計らなければなりませんし,さらにスタート合図も出さなければなりません.指導するコーチは大忙しです.そこで,「音声ペース・クロック」が開発されました.開発を担当したのは,筑波技術大学の小林 真 准教授です.筆者も開発や評価実験をお手伝いしました.
● 高指向性スピーカで隣のコースには聞こえない
装置はスピーカ・ユニットとカウンタ生成ユニットで構成されています.スピーカ・ユニットは音声入力端子に加え,Bluetoothによる音声入力機能も持っています(写真1).
カウンタ生成ユニットは,45 秒から90 秒のインターバル・トレーニングにおいて,音でスタートの合図を出します.この音は,あらかじめ収録された人間の声です.選手に聞き取りやすい声として,高音がクリアな女性ソプラノ・ボランティアによる声を収録しました.

スピーカ・ユニットはキットが秋葉原でも売っているパラメトリック・スピーカで構成されています(2).
これは超音波スピーカの集合体で,送り出される超音波同士の「うなり」に相当する成分が人間の可聴域に合うように調整されたものです.極めて指向性が高いため,わずかに方向を変えただけでもその音が聞こえづらくなります.そのため,狙ったレーンの周囲にはあまり音が伝わりません.スタート側に置いたスピーカの音はプールの反対側でも聞こえますが,決して大音量ではなく,ささやくように聞こえてくるという不思議なものです.
視覚障がい選手自身が起動,設定できるように操作ボタンに点字が付いており,押したら何を操作したか音声で知らせるなど,工夫が凝らされています.
Amazon Echoのようなスマート・スピーカがパラメトリック・スピーカになっていればよいのにと,筆者は思っています.

▪参考文献▪
(1) 仰木 裕嗣ほか;視覚障がいスイマーのためのトレーニング支援装置の開発, 日本機械学会〔No.16-40〕シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2016,USB抄録集,2016.
(2) パラメトリック・スピーカー実験キット,秋月電子通商,http://akizukidenshi.com/catalog/g/gK-02617/

仰木 裕嗣(Interface2019年10月号 p.149より転載)