スポーツ・センシング for2020 第33回
電気刺激を使った効果的な筋トレ

● 筋肉は電気信号を与えると収縮させられる
電気刺激によって筋肉に情報をフィードバックする方法は,FES(Functional Electrical Stimulation),あるいはEMS(Electrical Muscle Stimulation)と呼ばれます.通常は目的の筋肉を刺激するために,皮膚に貼り付けた電極を通じて何らかの電位を与えます.筆者も体験したことがありますが,電位が与えられると勝手に筋肉が収縮してとても変な感じです.
われわれが体を動かすとき,脳から骨格筋に対して命令が送られます.この命令を伝えるのは,アルファ運動神経という経路を伝わる電気信号です.大脳から脊髄を通り,末まっ梢しょうの筋肉へと神経細胞を伝搬していきます.この経路の途中で動かしたい筋肉に人工的に電気信号を与えて,本人の意思とは無関係に筋肉を収縮させてやるのが,FESあるいはEMSと呼ばれる方法です.通常は動かしたい筋肉の近くに,大脳からやってくるのに近い電気信号を与えます.
● 宇宙飛行士の筋トレに使えないか
ところで,無重力空間にいる宇宙飛行士は,宇宙ステーション内で運動をしておかなければ,地上に戻ってくると立てない,と言った話は読者もご存じでしょう.ところが宇宙ステーション内は無重力ですから,ダンベルやバーベルも「プカプカ」と宙に漂うため,重りを持ち上げるようなトレーニングでは意味がありません.アポロ7のときには,ロープの摩擦を使ってトレーニングするExer-Genie Exerciseと呼ばれる装置が初めて投入されて,宇宙飛行士の筋力低下を防いだと言われています(1).しかし,宇宙船のどこかに固定したロープは宇宙船自体を振動させてしまいます.
そこで,田川氏らはFESを使った宇宙飛行士用のトレーニング装置を開発しています(2).
● 曲げ伸ばしさせない…逆転の発想的な筋トレのメカニズム
原理は単純です.脚の場合で説明します.膝を曲げようとすると,その曲げようとする意思による随意収縮で筋電が発生します.これを捉えて,意思による動きとは逆の膝を伸ばそうとする筋肉側にFESを使って刺激を送り込んでやります(図1).つまり,「曲げようとすると伸ばされようとし,伸ばそうとすると曲げられてしまう」というものです.実際の装着の様子を見せてもらったことがありますが,被験者は曲げようとしても曲げられず,伸ばそうとしても伸ばせず,ただ1 人で,もがいている様子が大変印象的でした.
田川氏らは,ハイブリッド訓練法と呼ばれるこの手法を用いた場合,単純な電気刺激を使った筋力トレーニングに比べて著しい効果があったと報告しています.まさに未来のトレーニングです.
応用としては,脊髄損傷で下肢の切断によって義足になったパラリンピック・アスリートや下肢まひのパラリンピック選手たちのように徐々に切断端や下肢の筋肉が細くなっていってしまい,装具や座面に合わなくなってしまう,といった症例に対して効果があるのではないかと筆者は考えています.

□参考・引用*文献□
(1) Exer-Genie Exercise.https://airandspace.si.edu/stories/editorial/apollo-inflight-exerciser,Smithonian Air and Space Museum.
(2) 田川 善彦,志波 直人;筋骨格系の減弱防止に適した訓練システム,バイオメカニズム学会誌,34, 1, pp.29-35, 2010 年.

仰木 裕嗣(Interface2020年5月号 p.13より転載)